まーしー工房

思ったことをTwitterの延長として書きます

東京でお世話になった皆様へ

実家に戻ることになりました。

理由は簡潔に言うと長期的な生活基盤を築くことが出来ないため、実家にて一旦整えようと決心した次第です。

具体的な日程はまだ未定ですが、おそらく3月上旬には東京を離れることになると思います。

 

20165月に、当時勤めていた会社の異動で上京して以来、

邦ロックセッションはじめ京都大作戦セッションなどの各セッションやバンドで色んな方々と親しくしていただいて本当にありがとうございます。

せっかく仲良くなれた音楽仲間と離れるのは本当に残念で寂しいですが、別に二度と会えなくなる訳じゃないし電車と新幹線で3時間半で来れるからまた定期的に遊びに来ます。

 

 

 

20165月に当時勤めていた会社の異動で上京しました。

上京時から親に数十万円借り、また次の引っ越しでも借りていましたがほとんど返すことなく今日に至ります。

上京のキッカケとなかった会社とその次に勤めていた会社は薄給で普段の生活でトントン、収入を上げようと息巻いてチャレンジした営業職も体調崩し退職。

元々は節約の方が好きでしたが、去年派遣営業になってからは「出来る営業は良い物使わないと」と無理に高い買い物をしたり、ストレスから逃げるように休日遊ぶ予定を詰めたりと

かなり浪費する結果となりました。

お金を返すことに無頓着のまま仕事についていくのが必死になった余り、やれ自己投資だ経験だと消費したこと、

お土日休みになって関わる人数も増えて遊ぶ量が増えた結果、

カードのリボ払い残高やキャッシングは冗談では済まない額になっていました。

この現状が発覚し、遂に堪忍袋の緒が切れた親から帰郷命令が言い渡されることになりました。

そして今日、地元の就職説明会に参加に地元企業で働く段取りを始めました。

 

いろいろ楽器やってることで色んな方々から褒めてもらえて本当に嬉しい限りでしたが、

この裏にはおそらく強い承認欲求があって、カッコ付けたいとか良いところ見せたいとか、そんな考えに必死だったのかもしれません。

結果人目に触れる部分は(自分の中では)派手になっていった反面、

見えない部分では気付かぬ間にシワ寄せがひどくなったような印象です。

実はお金に関しては本当に無頓着で、貯金なんてありえない、あるなら使いたいという人間なんです。

 

東京へ来た時に勤めていたのは地元本社の印刷会社で、法人ルート営業で東京配属でした。それまで田舎育ちでコミュ障で引っ込み思案だった僕は上京から1年後に自己啓発に出会い、

ちょっと前向きになって東京にいることの可能性を感じ、好きなこと優先で楽器屋で働くようになりました。

仕事中ずっと楽器の話が出来たり時間の融通が効くことでがっつりバンド活動できたりとても楽しい生活でしたが薄給の上にバンド活動の出費でギリギリに。

このままじゃいけないと収入アップ目当てに大手町本社でJQ上場の派遣会社で営業にチャレンジしました。

入社時点で楽器屋時代より高めの給料だったためテンション上がりましたが、世間のイメージ通りストレスの多い仕事。食事は全部外食になり、仕事について行くためにストレス発散だったり自己投資に必死になっていく。

「結果出ればインセンティブで返ってくる。だから自己投資しなきゃ」「出来る営業マンは良い物使うらしい」「後で稼ぐから使ってもいい」と根拠のない自己暗示から高いサロンやクリニックに通ったりしました。

なおかつ、それまで平日休みだったのが土日休みになったことで知り合いも増えて行くイベントも増えました。

キラキラした高給取りを夢見て必死についていこうとしましたが、そう長くは続きませんでした。

遂に体調を崩すようになり退職。借金は残ったまま。

次の就職先は決まっていましたが稼働はまだまだ先で、ギターは作ったものの特に何も生み出さないまま1ヶ月経ちました。流石にバイトしなきゃと重い腰を上げて資材運びのバイトしてみるも腰を痛め1週間で断念。

「これからは個人で稼ぐ時代じゃね?」とブログアフィリエイトを始めてみるも三日坊主で挫折。

友達クリエイターの動画編集手伝いで若干収入できましたが生活基盤にはならず資金が底をつきました。

 

 

給料が低かった、選んだ仕事が悪かった、ブラックだった、とか色んな言い訳ができますが、全て自分の人間性や選択によるもの。

正当化せず、しっかり反省して、これからの糧にしなければと思います。

 

 

 

 

ある程度前向きな心が持てたとはいえ、話す言葉は自分の芯からというよりは上辺から内面に言い聞かせているような感じで、まだまだ本当の意味での前向き人間になるには遠かった。

東京では色んな人がいるし、色んな仕事があるし、選択肢もほぼ無限にあって、自分に合う道さえ見つかれば成功しそうな気がした。

でも、見つかる前に体力が尽きてしまった。

ニートになってからもう3ヶ月経った今、何度も何度も自分が本当にやりたいこととは何だったのか、自分に問いかけて考えてみたけど、結局何も考えつかなくて

SEになる予定ではあったけど、果たして自分に務まるのかの不安もあってかプログラミングの勉強にも身が入らず。

色んな人から、楽器作りを仕事にしたら、とか色んな助言をもらった。でも何もかも自分に務まる気がしなかった。

好きなことを仕事にすることは簡単なようで、とても勇気がいること。

小さい頃から、なぜか自分には「好きなことを仕事にしてはいけない」「したとしても飯は食えない」という強烈な固定観念があって、どうしても踏み出せなかった。

だから2年前に楽器屋勤めをしたと言っても、楽器出来ない人でも勤まるコールセンター業務という当たり障りのない職種だった。

確かに楽器いくつも演奏できる。ギター組み上げることができる。エフェクター作ることができる。人に楽器教えられる。

でもこれを仕事にしてしまうのは自分の中ではルール違反だった。

 

 

ここ1年で、楽器の演奏ができることで褒めてもらえる機会が増え、自尊心はかなり満たされました。

高校時代友達がつくれず、文化祭ライブに出れなかった悔しさが根強く残っていてこれは一生消えないな、と思っていたら、ここ1年にセッション会出まくったおかげである程度解消されつつあります。

ずっと、人から「すごいね」「かっこいいね」と言われることだけを追い求めてきて、いま、その境地には辿り着けたような気がします。

ただし、これはあくまで楽器が弾ける人間としての自分。

これはこれで嬉しいけど、長所が伸びた部分であって、伸びた部分だからこそ光が当たってよく見える部分。

その影には深い闇もあることはもちろん自分にはよく見えているので、褒められることは嬉しい反面何やら心もとなさというか素直に手放しで喜べない自分がいた。

いわゆる短所の部分。でもここを見せてしまってはせっかく褒められているのが見放されてしまうのではないかと一定の不安もあった。

だから、この記事でいっそオープンにしてしまおうかと思って、詳細にいきさつを書きました。

 

数年前まで、本物の引っ込み自案で、大学時代なんか実家で1人でいるときどうやって消えれば誰にも迷惑かけないんだろうとか考えて手首にアレしたりした時期もあったりした。

その分、自己啓発に出会ってポジティブになれる言葉を本でたくさんインプットしては自分に言い聞かせるようにノートに書いたりを繰り返したおかげで、

未経験の仕事にチャレンジしたり行ったことないイベントに行ったりするようになれたことは学生時代に想像できませんでした。

たくさん人に会えば会うほど、自分らしくあっていいんだ、取り繕わなくていいんだということがわかり、前まで目を合わせられなかった会話もスムーズになりました。

だからこそ、ポジティブになりたい欲は一時的にものすごく高まって、人に堂々とポジティブな言葉を発するようになりました。

 

でも今思えば、まだ残っている弱い部分に対してプレッシャーとなったかもしれません。

無理にポジティブ人間になろうとして、現実の自分との間にギャップも生まれ始めた。

もしかしたら実は対して価値のない人間なんじゃないか、次第に焦り始めて行動しても続かず結果に繋がらない。

いつしか自分の選択の大半に自信が持てなくなり途方に暮れていた所に来た親からの帰郷命令。

 

このまま抗っても自分の首を絞めそうな気がした。

だから一回、全部諦めてみることにした。

 

不本意だろうと思ってもらっている方も多い気がしますが、

今の気持ちとしては身の程を受け入れています。

そしてもう背伸びをすることは辞めて、

身の丈にあった範囲で、出来ることからもう一度始めようと思います。